2013年6月のドイツ大洪水−2002年以降の洪水対策と市民運動
堤防強化、河道拡張のための引堤や橋脚によるせき上げ対策、遊水地の敷設など、州は総額約13億ユーロの洪水対策費を投じてきた。にもかかわらず、2013年6月、またも同様の悲劇が起こった。
今回の洪水によるドイツの経済損失は120億ユーロにも上ると言われている。ザクセン州アイレンベルク市やグリマ市は水没、ドレスデン旧市街はまたもや冠水、下流のザクセン=アンハルト州では約23.000人の市民が避難を余儀なくされている。もちろん、2002年以降の11年間に渡る治水に向けた努力が一切無駄だったわけではない。例えば、エルベ川下流のザクセン=アンハルト州マグデブルク市に大量の河川水が押し寄せているのは、上流のザクセン州が一定程度の治水に成功したからと言えよう。しかし、なぜ事態の再発を防ぐことが出来なかったのであろうか。
ドイツにおける治水事業は各連邦州の管轄である。これらの連邦州は熟議を重ね、共通の包括的な防御対策を実施するはずであるが、現実はそう上手くはいかない。そこでは、2つ以上の州にまたがる河川の治水事業などに関して、調整困難な利害関係が生じていた。上流と下流、河川の両岸で異なる主体が異なる対策を施していたのが現状である。環境保護団体BUNDの専門家であるヴィンフリート・リュッキング(Winfried Lücking)氏は、その好例として エルベ川流域のウィッテンベルゲ市 (Wittenberge) を挙げる。エルベ川はブランデンブルク州とザクセン=アンハルト州を、部分的に二分する形で流れている。その地域では、ブランデンブルク州側の堤防とザクセン=アンハルト州側の堤防がそれぞれ異なる高さで建設されており、洪水の際、氾濫した河川水がどちらの州にながれるかは明白である。ベルリンの連邦政府は、各州間での利害を調整し、包括的な洪水対策に向けた指揮監督をとる必要がある、とLücking氏は語る。また、洪水研究者のユルゲン・シュタム(Jürgen Stamm)氏は、分散した管轄権に対して批判を投げかけている。
連邦州の洪水対策に対する管轄権は基本法で規定されたものであるが、州の政治家はその権利に固執する傾向がある。河川沿いでの堤防で囲まれた遊水池の建設は、地域的な自己中心主義に幾度となく阻害されてきた、と彼は言う。遊水池の設置はたしかに、利用可能な土地を縮小し、周辺建造物の地下部分に対する湿気被害の危険性を高める。遊水池に関する問題は長期にわたって議論されてきたが、どの州も進んで負担を受け入れることはせず、今までほとんどの議論が実りのないものに終わっている。
もっとも、今回の被害原因が政治家のみに起因しているわけではない。洪水リスクの高い地域に暮らす市民の側にも、洪水に対する認識の甘さがあったのではないだろうか。ザクセン州、バイエルン州では、堤防建設、強化、引堤等の事業において、環境保全、景観保護を理由に大規模な反対運動がおこり、工事着工の大幅な遅延や、計画そのものが頓挫するケースが目立った。河川水域に遊水池を設置する際には、土地所有の問題、遊水池設置による周囲建造物への湿気被害などが取りざたされた。
2002年の洪水によって、ザクセン州で最も損害を被った街であるグリマ市 (Grimma) は、この度またも、洪水対策の不備の為に、甚大な被害を受けた。本来2002年の大洪水の後、即座に行われるべきであった堤防建設が、景観保護を訴える市民団体の反対運動によって大幅な遅れをとっていたためである。2002年洪水の後、その被害の甚大さから、州環境農業省は洪水防御構想に取りかかった。その目的は、グリマ市を100年確率の洪水から守るという、極めて明確なものであった。計画によると、河川に沿って旧市街側には2キロにわたる洪水防御壁と開閉可能な門の設置が計画されていた。このプロジェクトは総額4000万ユーロ規模のもので、EUおよびザクセン州政府から出資を受けるというものであった。しかしながら、市民団体は長期に及ぶ裁判を通して計画進行を食い止めていた。2007年8月ついにザクセン州ダム管理公社の監督の下、計画が始動したが、竣工予定は2017年にずれ込んでいた。
ドイツ連邦政府、州政府は、既に被災者への資金的な支援を開始し、かつ今後の洪水対策への抜本的な施策を協議している。バイエルン州のホルスト・ゼーホーファー (Horst Seehofer) 州首相は、河道拡張の為には、河川周辺地域における、買い取りなどによる土地収用も辞さないと発言した。洪水対策は、世代を超えた課題である。100年に一度の洪水から街を守る為には、政治家と市民の長期にわたる相互理解が不可欠なのである。
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