再生可能エネルギー導入に伴う電力系統強化の代替案 “Power to Gas”

 風力・太陽光発電は、その発電量を天候・季節に大きく左右されるため、出力制御は非常に難しい。発電量が増大した際には、系統連系した施設から大量の電力が系統に供給され、供給が需要を上回ってしまう為、余剰電力が生じてしまう。この余剰電力が電力網に大きな負担となってしまうのである。今日まで余剰電力は、揚水発電所および産業用の大型電池による短期的な蓄電、無効電力を供給して出力制御を行ったり、系統から発電設備を切り離す「解列」という3つの代表的な手段によって処理されてきた。また、揚水発電所および蓄電装置による措置は別としても、その他の措置においては、発電した電力を一切無駄にしてしまうという不利益がある。(解列によって捨電した電力は、2009年74GWh、2010年127GWh、2011年421GWhである。 2011年の電力量は一般家庭10万世帯分の年間電力消費量に値し、CO2排出抑制量では42,100 t 分である。)

 また、電力供給は、周波数を維持しながら電圧を一定の幅に収まるよう制御する必要があり、大量に電力が供給されることによる周波数及び電圧変動は、グリッド運用においてシャットダウン(停電)にもつながる。これら再生可能エネルギーの欠点を補完する電力システムの構築が、目下ドイツ電力市場の大きな課題であると言えよう。安定した質の良い電力を継続して供給できなければ、ドイツの再生可能エネルギーの将来は厳しいものになってしまう。

 この問題を解決するために、ドイツ政府が本腰を上げて取り組んでいる対策の一つが「Power to gas」プロジェクトである。これは、再生可能エネルギーからの余剰電力で水を電解することにより、水素・合成ガスを生成し、貯蔵さらには再度発電を可能にするという取り組みである。今日、この「Power to gas」 がドイツの電力問題を大きく変える一手となるのでは、と大きな期待が集まっている。

 もちろん過去にも電力貯蔵の概念がなかったわけではない。今まで、全国に広く揚水発電施設を利用した電力貯蔵が行われていた。その効率もおおむね80%程度と比較的高いものであった。しかし、これは数時間から1日程度の短期間における余剰電力を貯蓄するものにすぎず、数日から数週間の長期間にわたる余剰電力の貯蓄に対しては優れていないという弱点があった。(産業用蓄電池に至っては更に短時間) そのため、風力・太陽光からの電力が長期間にわたって多い場合には、解列や捨電などを行わざるをえず、グリッド負荷および電力の無駄が避けられない状況であった。この無駄になっていた余剰電力の有効活用とグリッド負荷の軽減が、このプロジェクトの大きな目的であると言えよう。

 「Power to gas」 は、風力・太陽光発電から生じた余剰電力を使って水を電解し、水素・合成ガスを生成し貯蔵・再利用を可能にするという技術である。また、水素及びガス生成の際に同時に発生する熱もコジェネレーションとして利用可能であり、関連する法的なインフラ(Kraft- Wärme- Kopplungsgesetz / コジェネレーション促進法)も整備されている。効率に関しては、最終的に回収できる電力は、当初のエネルギーの40%前後であり、熱を加えると水素・合成ガス双方とも約80%の回収率が期待できる。さらに、水素からメタンを生成する際にCO2が大量に使われることから、相対的に見れば環境負荷も非常に少ない発電システムの実現が可能である。

 生成された水素・合成ガスの使用用途は多岐にわたる。水素であれば、燃料電池の燃料としての利用や将来的には水素燃料電池自動車への活用(例: ベルリン市内に設置された水素自動車や燃料電池自動車用のエコ・ステーション)が期待できるし、ガスであれば、天然ガスのインフラ(例: ガスパイプライン、ガスプラント、ガソリン車、暖房器具、定置型燃料電池発電装置、ガス発電装置)での利用が可能である。もちろん、水素の扱いに関しては安全・技術上の問題から、現状においては大きな需要を期待出来る様な状況にはない。しかし、水素から合成ガスへの変換過程を経る事で、現在の社会に対しては十分に適応可能であり、水素関連の技術も日々進歩しつつあるため、将来的な需要は十分に考えられると言えよう。 

Power-to-Gas-Konzept

 近年ドイツ国内で、「Power to gas」 のコンセプトを導入したプロジェクトが各地で盛んになっている。ドイツの自動車メーカーであるAudi AGは、ドイツ北部Welrteという街で、自動車メーカーとしては初めて、水電解・合成ガス生成プラントを建設し、2013年6月に稼働を開始した。ETOGAS (前SolarFuel) とMT-BioMethan GmbHと共同で建設されたこの施設は、再生可能エネルギーの電力で、水を電気分解し、水素を製造、それを二酸化炭素と反応させて合成ガス「Audi E-gas」を生成する。一年間に、2,800 t のCO2(220.000本のブナの年間吸収量)を使って、1000 t の合成ガスを生成する大型施設である。 Audiは、2013年秋から、このガスを既存の天然ガスネットワークに供給する予定である。将来的には、自社の燃料電池自動車に使われる水素燃料の生成工場として、この施設を利用する事を念頭においている。すでに、Audi A3 Sportsback g-tronへの試験的な導入を行うなど、具体化の一途を辿っている。また、バーデン=ビュルテンベルク(Baden-württenberg) 州のシュツットガルト市(Stuttgart)では、同種のものとしては、世界最大となる電力需要250 kw、一日で最高300立方メートルのメタン生産能力をもつ施設が建設された。このプロジェクトは、連邦環境省の大規模な資金的援助の下、ZSW (Zentrum für Sonnenenergie- und Wasserstoff-Forschung Baden-Württemberg) とFraunhofer IWES(Institut für Windenergie und Energiesystemtechnik)が主導したものである。この様に、国内各地で、様々なプロジェクトが、政官民問わず行われている。

 また、power to gas の技術を更に応用したハイブリッド発電システム(Hybridkraftwerk)も注目を浴びている。
ハイブリッド発電システムとは、主に風力発電と水素電解施設・水素、合成ガス燃料を燃料とする発電装置を組み合わせた混合発電システムである。風力発電による余剰電力を使って水を電気分解し、貯蔵可能な水素に変換し貯蔵する。風力発電による発電量が減少した場合、または、電力需要が増加した場合には、この水素、合成ガスを利用して追加的に発電する。また、バイオマス施設などとも接続することが可能である。加えて、発電工程において発生する熱を有効利用することもできるため、コンビネーション発電所と呼ぶ場合もある。ハイブリット発電システムは、従来からある発電システムと水素・合成ガスでの発電を相互補完させることで、再生可能エネルギーの弱点である、安定供給とグリッド負荷の問題の克服する実用的な施設である。

 このハイブリッド発電所もすでに実働段階まで発展している。2011年には、ブランデンブルグ(Brandenburg)州のプレンツラウ町(Prenzlau) 近郊で、世界初の風力・水素・バイオガスを利用したハイブリッド発電所が稼働を開始した。

Hybridkraftwerk

この施設は、2009年4月に着工し、約2,100万ユーロの総工費を投入して、風力発電会社 Enertrag AG が建設したものであり、一日24時間、どのような天候であろうと、安定的に電力を供給すること(出力は6メガワット)を可能にした。Enertrag AGはさらに、国内3カ所でのハイブリット発電所の建設計画を公表している。これらのプロジェクトは、石油大手TOTAL社、エネルギー大手 Vattenfall Europe Innovation GmbH、ドイツ鉄道による共同プロジェクトとして大規模に進行している。

 ドイツは、再生可能エネルギーへの転換の中で、幾多の困難に直面している。今回紹介した「Power to gas」プロジェクトとハイブリッド発電は、ドイツの電力市場をさらに進化させる可能性を持っている。このシステムは将来的に、安全で、高効率、環境に優しく、社会的に信頼されうる新しいエネルギーインフラ構築の重要な柱になるだろう。

参照URL

  1. ZSWの公開資料 “Vortrag_Solarfuel_Waldstein_industriepolitische-Perspektiven.pdf”
  2. GTAIの同プロジェクト紹介記事
  3. Audi AGのホームページ
  4. Stuttgart市新聞の記事
  5. ZSWのホームページ
  6. Enertrag社のホームページ
  7. Enertragおよび他3社の事業計画
  8. ドイツ政府公開資料
  9. Power-to-Gas のプラットホーム
  10. Power-to-Gasのインターアクティブ・プロジェクトマップ